国際忍者研究センター

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(エッセイ)ひとつ足りない?忍びの六具と七方出(吉丸雄哉)

2018年11月05日

忍びの六具と七方出は忍術書『正忍記』初巻の冒頭「忍出立の習」に書いてあり、六具は持っていく道具、七方出は変装する職業を指す。六具は、編み笠、鉤縄、石筆、薬、三尺手拭、打竹(火付具)。七方出は、虚無僧、出家、山伏、商人、放下師、猿楽、つねの形。忍者解説書によく取り上げられ、伊賀流忍者博物館にも展示されており、忍者好きな人はご存じだろう。

私は六具と七方出という言い方に違和感がある。一つ足りないのである。「七つ道具」という言葉は聞いたことがあるだろう。武士の七つ道具といえば「具足・刀・太刀・弓・矢・母衣(ほろ)・兜」である。弁慶のような剛力のものが持っている鎌・鋸・槌・斧などをあわせて、七つ道具と呼ぶこともある。四天王や七福神のように同類のものをまとめて、上に数字をつけて特定の内容を指す言い方を「名数(めいすう)」というが、「七つ道具」も16世紀末にすでに通用していた名数であって、『義残後覚』(1597)に用例がみえる。ところが「六具」は名数ではないのである。

「七方出」は本来「八方出」であるべきではないか。「四方(東西南北)」「八方(東西南北+その中間)」に出るのはわかるが、「七方」しか出ないと方角がひとつ足りない。

これはあえて、ひとつ減らして秘伝にしたと推測する。「七方出」に足りないのはおそらく「くすし(医師・薬師)」(前近代は診療と薬調合の両方を行う)で、知らない土地に行って怪しまれず、忍びが詳しいという薬品知識が活かせる職業として適当だろう。

六具の足りないものが手裏剣ならばオールドな忍者ファンには満足のいく回答だろうが、果たしてそういえるか。同じく『正忍記』巻中に「別而異なる道具は人のあやしみ疑う物なれば、是をよろしきとは云がたし」とあり、珍しい道具ではあるまい。大学院の演習で学生に聞いたところ「サバイバルに必要なものはナイフではないでしょうか」という回答。私も江戸時代に町人が旅行するときに携行した「道中差し」(護身用担当)と推測するが、もっとぴったりするものに意外と気づいていないだけかもしれない。(吉丸記)

 

【追記、2018年11月19日】

忍びの六具について「六具」が兵学書などに使われている用語ではないかとご指摘をうけた。たとえば、『日本国語大辞典』(第二版)だと「六具(りくぐ)」で「六種をもって一揃えとする武具。鎧の六具、身がための六具、大将の六具、備えの六具、騎兵の六具、戦場の六具、攻戦の六具などの種類がある。ろくぐ。」と解説する。『日本国語大辞典』では用例が浄瑠璃『絵本太功記』(1799)と歌舞伎『四十七石忠矢計』(1871)と歌舞伎『千歳曾我源氏礎』(1885)と新しいが、『国史大辞典』では

『今川大双紙』には「六具と云は、指懸、鞭、箙、母衣、小旗、扇、是を六具と云う也」とみえ、新井白石の『本朝軍器考』に「世ニ兵ノ六具ナドイフ事ハ(甲、冑、頬当、小手、脛楯、腰当ノ六ツヲイフ、其外異説多シ)、僧家ノ六物ナドイフ事ニ倣ヒシ」と称しており

と『今川大双紙』(室町前期)と『本朝軍器考』(1709)とあるので、古くからつかわれていたといっていいだろう。

よって、忍びの六具で何の問題もないということになる。これは私の粗忽だが、あえて記事はけさずに、こういった検証の積み重ねで学問が進んでいくという事例としたい(自分への戒めもありますが)。

 

七方出のほうもこれでいい根拠がなにかあるかもしれない。最近『峯相記』を読んでいて「六方笠」というのを見つけた。

異類異形ナルアリサマ、人倫(じんりん)ニ異ナリ、柿(帷)維(かきかたびら)ニ六方笠(ろっぽうがさ)ヲ着テ、烏帽子・袴ヲ着(つけ)ス、

ざっと調べたが、どんなものかよくわからない。六方といえば歌舞伎の六方が有名で、これは六方(東西南北+天地)からきている。遠い連想だが、なにか傾いた感じの笠なのかもしれない。

あえてまだ足りないとした場合の考察だが、『万川集海』巻八に「凡そ敵の城陣へ出入する者は出家、医者、座頭、猿楽、職人、商人の類なり。」という記述がある。『正忍記』七方出にない職業は「医者」「職人」である。