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(学生通信)火術の前に・・・(院生三橋源一)
2018年12月26日
万川集海火器編では「世間では忍者という号は火器の五三法を修得して得られる号と思われている程である」との記載があり、我が家のある北伊賀地方は火器をよくした藤林一族が治めた地域。手力神社の秋祭りでは古来より盛大な花火が楽しめる。
しかし万川集海では「火攻めは下策でやむを得ない場合に限る。だから巻末に収録する」とある。だがこの言葉に反してその収録内容・数とも実に膨大である。
たしかに当時にしたらこのような火術を使えることのアドバンテージは計り知れないと思われる。しかし、である。
いきなり話はかわるがようやく伊賀も冬らしい寒さが訪れた。薪ストーブの出番である。この時の為に廃材を集め、チェーンソーで切り分け、薪棚をつくってきた。乾燥した杉材をくべて着火剤で火をつけ、いよいよ念願の薪ストーブライフかと思われたが…。火が付かない。ちょっと前まで二勝一敗の割合で火が薪に移らないことが多かった。今は着火剤から卒業し、牛乳パックで火付けを研究中。
そう、火術を学んだところで、日頃から的確に火付けができないと物の役には立たないのである。もちろん当時は着火剤などないし、胴火を用いてもやはり火付けがポイントである。
伴家の稽古でも火薬調合実験をするが、火薬ですらうまく調合しないとライターでもなかなか火が付かない。
うちの村の下流の散髪屋のおばあさんは子供の頃、風呂の焚き付け用のバタ薪、おがくずなどをうちの村の製材所までもらいにくるのが日課だったと仰った。優に1時間はかかるがうまく火付けする為にはそれが必要だったそうだ。
このように毎日火と接する機会を得て、火付けの事、また必死に火付けをしている時にひょっとこと同様な顔つきになること、ひょっとこが左右の目の大きさが違ったり、鼻毛が出ているのもちゃんと理由があることが火付けをしていると分かる。
火術が忍者の御家芸なら当然火付けも御家芸だったはず。そう思いながら日々薪ストーブの火付けの修練をしています。