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(エッセイ)井上吉次郎『秘密社会学』と『万川集海』 (吉丸雄哉)
2019年07月13日
忍者研究の歴史で、『正忍記』を利用した伊藤銀月から『万川集海』を利用した藤田西湖へと研究の中心が移行したことは『忍者文芸研究読本』(笠間書院、2014)「各論を読む前に知っておきたい忍者関連作品史」で述べた。『正忍記』は現在の国立国会図書館の前身の帝国図書館(上野図書館)にあり、『万川集海』は内閣文庫にあり、それぞれアクセスは難しくなかったはずである。
『万川集海』の紹介は戦前にジャーナリストとして活躍し戦後に社会学者として大学で職を得た井上吉次郎『秘密社会学』(時潮社、昭和10・2)がもっとも早いのではないか。『万川集海』に依拠した藤田西湖『忍術秘録』(千代田書院)の刊行が昭和11年8月である。
しかし『秘密社会学』を見て、忍術を取り上げるようになったのではないだろう。『忍術秘録』には「忍術伝書目録について」と藤田西湖の手元にある36点の忍術書がしるしてある。『忍術秘録』序文(昭和11年7月)には「忍術の講演と実演を試みたること数十回に及んでいる」とある。また自伝『最後の忍者 どろんどろん』(昭和33)には六歳から祖父に忍術を教わったことが記してあるので、井上吉次郎が逆に藤田の情報から甲賀を訪れた可能性もあるだろう。
ただ、それとは別に『忍術秘録』以前は『心霊術の正体曝露』(大正10)や『法術行り方絵解』(昭和3)といった忍術以外の本しか残しておらず、藤田の経歴で忍術関係の記録としては『サラリーマン = The salaried man : 経済 評論誌 4(5月15日號)(5)』(昭和6年)に「實際・出來る忍術の奧義」で寄稿しているのがもっとも早いように見えるのは気になる。
『秘密社会学』のなかには「甲賀流」の章に滋賀県甲賀郡油日村字田堵野の医師大原数馬氏方を訪問し、その目次や内容を書き記している。
続く「伊賀流」「万川集海」の章でも『万川集海』の紹介をしている。「万川集海」章で気になるのは伊賀上野町忍明勝矢某を『万川集海』の完本を持っていて、うち一部を上野図書館(閲覧したという旅の前後のつじつまから伊賀上野の図書館だろう)に寄託しているが、これは25冊本だという。寄託本は第1冊と第25冊を含んで5冊が欠けているそうである。現在、伊賀市上野図書館に『万川集海』が所蔵されているが、これの由来は勝矢某氏本なのかもしれない。
伊賀市上野図書館とは国際忍者研究センターが協力して伊賀関係の資料調査と撮影を今年度のうちに行う予定である。先日附属図書館で行った展示に関係して大原勝井本複製と内閣文庫本影印を比較したが、細かい違いが多い。伊賀市立上野図書館本を私は最善本とみており、これの調査により『万川集海』の研究はさらに進むだろう。(吉丸記)