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(エッセイ)『忍秘伝』の仙方妙薬前書(吉丸雄哉)
2021年07月12日
大学院の授業では『忍秘伝』の輪読に入った。精神面の記述が多い『万川集海』や『正忍記』に比べて実用的な内容が多く、忍び道具がたくさん収録されているが、宮内(くない)をはじめ、他の忍び道具と異なっているものも多く、内容の理解が難しい。構成も十分に練られたものといいがたく、成立の過程も深く考察すべきところだが、残念ながら『万川集海』と違って伝本が少ないので、そのあたりの検討も難しい。忍び道具についてああだこうだと検討を加えるのは面白いが、すべての道具を実際に作ってみないと道具について理解は深められないのかもしれない。
さて、『忍秘伝』には一度食べると腹が空かない「仙方妙薬」が載っている。復刻版沖森文庫本『忍秘伝』をもとにすると、以下のとおりである。
仙方妙薬前書
一 其昔し、唐国大日照五穀かれてそたち不申。人民
うへにをよべり。然る所白山のふもとより一人の老人出て、
御門ヱ申上様は我不思儀之妙薬を覚てぞく七拾
人心安からす。此薬用候て色つや能力少も不落。つ
ねよりは猶心持能、もしこの薬偽にてあらば我一ぞく七
拾人を死ざいにをこない給へとせいして申上ける仙方也。
妙薬方
黒大豆五斗と皮を去、水にて百返洗てかわかすを
のみ三升をのみとは麻のみ成
右二色を粉に而こぶしの大き少に団子に而扨こしきに
入むし申也
薫様
子丑寅三時卯の上刻にこしきを出し午の刻にて
かわかし粉にして用る
用様
あく程給申候而止
こたへ様
一度用る時は、七日一切給不申候ても、不苦候色常
より能力不落。
二度用る時は四十九日右同断
三度用る時は三百四十三日
四度用る時は二千四百一日右同断
五度用る時は万六千八十日右同断
其後は、一切給不申候ても少も力とり落色
つやより働常のことく若又いつにけも本の如くに
食事給申度と思い候時は此薬用可申成。
其侭金色の様成る物可り申候と本の如く
食進み出申也。
右煎候而水に冷して用る成。
中国で大日照りのため、五穀が枯れて育たないときに一人の老人が出てきて仙薬のことを帝に伝えた。その薬を用いれば、色つや能力少しも落ちず、普段よりもなお心持ちがよいという。もしこの薬に偽りあれば、我が一族七十人を死罪にせよと言うので、自信満々である。
作り方は、黒大豆五斗の皮をむいて水で百ぺん洗って乾かす。そこに「をのみ」(麻の実)三升を用意し、両方を粉にして、こぶし大の大きさの団子にして、甑で蒸す。成分は非常に簡単だが、蒸し方にまじないがあって子丑寅三時(午後11時から午前5時まで)蒸し、卯の上刻(午前5時40分まで)に甑を取り出して、午の刻(正午頃まで)にかわかして粉にして用いる必要がある。
用法は飽きるまで食べるとある。
結果として、一度食べれば七日は一切なにも食べずに済み、色つねよりもよくて力が落ちない。二度用いるときは四九日の効能が、三度で343日、四度用いれば2401日、五度用いれば16080日もその効果があるという。そのあとは一切薬を用いなくても、少しも力が落ちずに、色つやよく、働き常のようであるという。
麻の実は七味唐辛子に入っているほか、ヘンプシードといって健康食品として売られているもので、そんなものと黒大豆を混ぜても腹が空かないわけはないだろうが、ここでの麻の実は大麻と同じで、ずばり麻薬のことらしい。
現代で手に入る材料では効能がそもそも期待できないうえに、読むだけでマズそうなので、兵糧丸などと違って実作している人を見ないが、現代の成分では害はなさそうなので忍者が服用したプロテインとして注目される日がくるかもしれない。(吉丸記)