国際忍者研究センター

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(学生通信)映画レビュー57「忍びの者 伊賀屋敷」<1965年、監督:森一生>(郷原匠)

2022年01月31日

映画レビュー57「忍びの者 伊賀屋敷」(1965年、監督:森一生)

 本日紹介する映画は、1965年に公開された「忍びの者 伊賀屋敷」という映画です。映画「忍びの者」シリーズ第6作目であり、前回ご紹介した「忍びの者 続・霧隠才蔵」(1964年、監督:池広一夫)の続編です。監督は、以前「新・忍びの者」(1963年)の監督を務めた森一生氏です。森氏は、他にも「続・座頭市物語」(1962年)や「座頭市御用旅」(1972年)など、座頭市関係の作品を多く撮られています。

 プライムビデオの平均評価は、★5中、★5と、満点の評価でしたが、レビュー数がとても少ないのであまり信用できません。感想についても「2代目よりも初代かな」といった、プチ酷評が残されているだけでした。

 時は寛永期。島原の乱が勃発し、松平伊豆守信綱(山形勲)率いる甲賀忍者一行が現場に向かっていました。その折を狙って、霧隠才蔵(市川雷蔵)は伊豆守を暗殺しようと試みますが、失敗して自害します。時は移って慶安期。由井正雪(鈴木瑞穂)、丸橋忠弥(今井健二)を中心とする浪人たちが幕府転覆を狙って、虎視眈々とその機会を狙っていました。父の遺志を継いだ才助(市川雷蔵)は、名を才蔵と改め、2代目霧隠才蔵となりました。才蔵も同じく幕府転覆を狙っており、志を同じくする由井正雪らと共にその計画を練っていました。そんな折、御三家である紀州藩の藩主・徳川頼宣(北竜二)も幕府転覆を企んでいることが分かり、策を講じるために、才蔵は単身で伊豆守の邸に忍び込みます。そこで才蔵は、かつての主君であった真田幸村の娘・百合姫(八千草薫)と出会います。才蔵と百合姫は共に同じ父親に育てられた兄妹のような仲であり、幼少期は一緒に伊賀で暮らしていました。そんな感動の再開もつかの間、才蔵は伊豆守が放った甲賀忍者・甲賀幻心斎(石黒達也)らの攻撃に遭います。そんな中、徳川頼宣と由井正雪は会談を行って意気投合し、その数日後、3代将軍・家光が死去した機会を狙って、正雪と才蔵達はついに幕府転覆の狼煙を上げたのです・・・。以上ストーリーの前半をご紹介しました。

 本作は、2代目霧隠才蔵の物語です。幕府が安定し、武断政治から文治政治へと移り変わる世の中において、不必要となった忍びの哀愁が上手く表現されています。2代目も初代と同様に陽忍・陰忍術を駆使して、松平伊豆守を片っ端から追い詰めます。そして今回、ついに甲賀忍者が登場します。忍者映画ではよくある「伊賀忍者VS甲賀忍者」という構図の下で、才蔵と甲賀忍者が激しい戦いを繰り広げます。

 ちなみに諸説ありますが、松平伊豆守信綱は、実際の島原の乱において甲賀忍びを用いていたとされています。『鵜飼勝山実記』という史料には、望月与右衛門、芥川七郎兵衛、山中十太夫、伴五兵衛、夏見角助、岩根勘兵衛、芥川清右衛門、鵜飼勘右衛門、岩根勘左衛門、望月兵太夫の10人が原城へ忍び込み、沼の深さや塀の高さなどを絵図に詳細に記して情報収集を図ったとされています。今回登場する甲賀忍びは彼らをモチーフにしているかもしれません。

 映画の内容に戻りますが、本作品の最後には大きな「どんでん返し」が待っています(忍者屋敷の仕掛けではありません)。特にサスペンス・ミステリー分野においては、どんでん返しは非常に重要で、その内容が衝撃的であればあるほど、その作品は映画史に深く名を刻みます。今回の映画も、非常に衝撃的な結末を迎えます。題名の「伊賀屋敷」は、おそらくこのどんでん返しから来ているだろうと思われます。どんな結末を迎えるのか、ぜひ皆様もご覧下さい。

 以上で今回のレビューを終わります。次回は「忍びの者 新・霧隠才蔵」(1966年、監督:森一生)をレビューしたいと思います!(院生 郷原記)