国際忍者研究センター

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(エッセイ)『間林清陽』の犬に吠えられない術 (吉丸雄哉)

2022年07月19日

 2021年12月に発見された『間林清陽』については、まだわからないこと尽くしだが、現時点で紹介されている忍術のひとつを考察してみたい。手のひらに「鬼」の字を書いて、それを犬に向け、もう片方の手で九字を切ることで犬に吠えられないという術である。
犬は忍者の大敵で『万川集海』『正忍記』『当流奪口忍之巻註』にそれぞれ対処が書いてあるほどだが、食べ物や毒、あるいは異性の犬をつかう術であり、このようなまじないをつかうのは初めて見た。

 しかし、犬よけに手のひらに字を書くのは江戸時代にはあったことである。戯作研究の私にとってなじみが深いのは『東海道中膝栗毛』五編下に弥次郎兵衛が手のひらに字を書いて「イヤ犬にとりまかれたときは、宙へ虎といふ文字をかいて見せると、犬がにげるといふことだから、さつきからかいてゐるが、ねつからにげやアがらぬ。こいつらアみんな、無筆の犬だそうふな」と言っていることである。小学館の新日本古典文学全集『東海道中膝栗毛』の中村幸彦の注によれば「この滑稽は早く、狂言「犬山伏」や『醒睡笑』、近くでは噺本『鳥の町』(安永五年)の「虎」などにも見えている」とあるそうで、笑い話に古くからあるようだが、前提として手に虎と書くまじないがあったようである。

 また『故事俗信ことわざ大辞典』の「犬の呪い」項目に

 犬に吠えかかられたとき、犬を追い払うためのまじない。「戌、亥、子、丑、寅」と唱えながら五本の指を折る。十二支の「いぬ、い、ね」に「犬往ね」をかけたもの。また掌に「虎」の字を書いて握る。また、宙に「虎」の字を書く。

 という説明があった。案ずるに、もともと十二支の「いぬ、い、ね」に「犬往ね」をかけるために「戌、亥、子、丑、寅」と唱えながら指を折るまじないが先にあって、そこから「虎(寅)」と書くのが習慣として残ったのだろう。

 さて、以上のように手のひらや宙に「虎」と書く例は珍しくないが、手のひらに「鬼」と書く例は見たことがない。なぜ「鬼」と書くのだろうと、大学院の授業の余談に持ち出したところ、大学院生の玉田玉秀斎さんから「丑寅(うしとら)」が鬼門だからではないですかと言われた。「犬往ね(戌、亥、子)」に付随した「丑寅」から「鬼」が残ったという考えである。

 民俗学的に考察するなら、当時の重宝記を調べれば同様の例が見つかるかもしれない。兵学書・忍術書の内容は他と重複するものが多く、様々な書物を精読していけば同様の発想を見つけることが可能だろう。

『間林清陽』に関しては、年度内に解題・翻刻発表の予定があると福島氏からうかがっているので、それを鶴首している。翻刻公開後は機会があれば別の忍術も考察してみたい。(吉丸記)