国際忍者研究センター

三重大学では、伊賀地域の発展のために、
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(学生通信)『卜伝百首』と弓(院生 ペトロフ・キリル)

2023年06月09日

 弓は武士の最も代表する武器の一つで、特に平安時代・鎌倉時代初期の武士の姿を考えれば、大鎧を着用していて、戦いで敵に向いて馬に乗りつつ弓を弾いて矢を射る、という姿がおそらく頭に浮かぶでしょう。馬に乗っても、歩兵として戦っても、当時の武士は武器の中で弓を第一にして、それから第二に薙刀、第三に太刀をしていたと言っても良いでしょう。弓が第一に重視されたということによって、武士の独特な価値観と道徳、すなわち武士道が「弓矢取る道」や「弓馬の道」などともよく言われていました。
 16世紀における鉄砲伝来を問わず、弓が大坂の陣にいたるまで、戦国時代の最後まで使われていました。戦国時代の多くの合戦に積極的に参加していた塚原卜伝(1489~1571)という有名な武士は特に刀の達人となって、剣聖として知られるようになりましたが、『卜伝百首』という武術伝書で刀だけではなくて、弓も含めて多くの武器について説いています。実は、卜伝氏は剣聖と言われても、同書物の冒頭では刀ではなくて、弓についての教えで始めます。
卜伝氏は第一箇条に「武士の名にあふものは弓なれや、深くもあふげ高砂の松」、その後に、「武士の魂なれやあづさ弓、はる日の影や長閑からまし」と述べています。「弓」を武士の名前にするように勧めたり、聖なる高砂の松および武士の魂に例えたりして、その言葉は弓の大切さそのものを表しているでしょう。次に弓矢の全体的な目標を説いています:

   一、武士の射るや弓矢の名に立て、国を治むるためしなりけり
   一、弓はただおのが力にまかすべし、手にあまりたる弓な好みそ

要するに、弓矢でもって自国を治めて、そして弓矢は自分の力になって非常に役立つ道具なので、ただの飾り気があってはならないということです。続いて、卜伝氏は矢じりの使い分けや、弦の厚さや、弓の強さなどについて現実的なアドバイスを述べています。その例の一つを以下に挙げます。

  一、兼て知軍の場に持つ弓は、すこし力にまさる好めり

 言い換えれば、戦場では甲冑を着た敵を射るので、更に強い弓が適当だということです。
 『卜伝百首』を精読した上で、戦国の大経験者であった卜伝氏は弓を非常に重視して、弓には、戦場用の現実的な一面があるだけではなくて、武士の魂に例えることや人の名前にするまでなどの理想的な一面もあるということがわかりました。古から伝わってきた弓術にも、現代武道となっている弓道にも現代にいたるまでその二面が残っているので、日本の重要な伝統と考えられます。(院生ペトロフ記)