国際忍者研究センター

三重大学では、伊賀地域の発展のために、
忍者の歴史や文化を研究し、その成果を発信しています。

ブログ

 

(エッセイ)いびきの音を聴く (吉丸雄哉)

2019年01月18日

日頃の生活に支障を来すほどではないのだが、私は睡眠時無呼吸症候群らしく、寝ているときによく息が止まっているらしい。小ぶとりのせいか酒を飲むといびきがひどくなるので、宴会旅行などすると他人と一緒に寝ると迷惑をかけるのではと常に心配であり、うるさかったら起こすなり勝手に顔を横にするなりしてくれと頼んでいる。自分のいびきが気になるのなら、他人のいびきも気になるもので、自分が眠れないときに他人のいびきをじっくり聞くと、太っている人、痩せている人、鼻の高い人、誰一人として同じリズム・音色・音量でないのがわかって面白い。

これが忍者・忍術とどう関係あるのかというと、忍術書『万川集海』巻13に「聴鼾音術五箇條」といういびきを聴く術が記してあるからである。「聞筒」という道具をつかい、敵の隣の間まで忍び寄って敵が寝ているかを確認するやり方が記してある。「人をかどめ偽て鼾をかくを知る事」と狸寝入りのいびきを見破る方法も書いてある(かどむは詮索するの意味)。「偽の鼾はうわさして長短大小あるものなり」「(偽の鼾では)津液(つば)を呑む音、亦はため息、といきなどするものなり」とある。「熟眠したるを知事」では、熟睡した人のいびきは「ろくに揃い、何の音もなくしんしんと聞こゆるものなり」とある。私の経験からすれば、整ったいびきのほうが嘘らしく思えるが、それはまだまだ観察が足りない証拠かもしれない。

芭蕉には『笈の小文』の旅の同伴者である杜国(万菊丸)のいびきを図にした「万菊丸いびきの図」が存在する。これを根拠に1「忍者はいびきの音に注意深い」2「芭蕉は万菊丸のいびきに関心があった」3「よって芭蕉は忍者」という三段論法を展開している人をテレビで見たことがあるが、それなら私も忍者である。「旅人」であった芭蕉にとって、同伴者や相部屋となった他の客のいびきはやはり気になったと思うのが自然であろう。

「万菊丸いびきの図」は、伊賀市の芭蕉翁記念館が真筆をもっていて、平成31年1月5日(土)~3月13日(水)を会期とする平成30年度企画展「日本の四季と芭蕉 冬」のうち、2月4日~2月21日までは真筆を、それ以外の期間でも複製を展示する。おそらく、この文章を読みながら「いびきの形をどうやって図にしたのか?」と不思議に思った人は、是非確かめにに行っていただきたい。