国際忍者研究センター

三重大学では、伊賀地域の発展のために、
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(エッセイ)和田裕弘『天正伊賀の乱-信長を本気にさせた伊賀衆の意地』 (中公新書、2021) 吉丸雄哉

2021年05月31日

 中公新書から天正伊賀の乱をテーマとした新書が刊行された。著者は織田家関係の研究で著書を多数残している和田裕弘である。天正伊賀の乱だけで一冊の本となっているのは珍しい。織田信雄が敗北を喫した第1次、織田信長が伊賀を征服した第2次のほか、本能寺の変のあとにおきた蜂起を第3次として伊賀の乱を記すが、乱の前後にかなり時間的余裕をとって勢力の変遷や織田家の事情を書いてくれたので、私のような戦国時代に詳しくない人間はたいへん読みやすかった。
 特色といえば、これまで天正伊賀の乱を教える史料として重視されてきた『伊乱記』を信頼性が低いと退けたことだろう。平山優『戦国の忍び』(2020)もそうだったが、1次史料や信頼の高い史料の裏づけのない軍記物の記述が慎重に扱われる傾向は今後強まっていくだろう。記述が「詳しすぎる」史料がたびたび本文で疑われていたが、この「詳しすぎる」という感覚は軍記に詳しい人ならではで、私の専門は近世小説だが「詳しすぎる」と作り話だと思うのである。現在、古典の授業で『平家物語』を読んで歴史を学んでいると考える人はいないだろうが、最先端の忍者研究では史実の忍びを記したと思われていた史料の多くが小説へと分類を変えているようである。
 忍び関係は織田信長の忍びや当時の忍びの記録がたくさん記されており、忍者研究でも本書は今後必読の一書となるだろう。
 なお、引用は中公新書の方針なのか現代語訳だけでなく原文も記されているのが個人的にはよかった。史料の読解を信じていないのではなくて、やはり原文があったほうが味わい深いからである。(吉丸記)