国際忍者研究センター

三重大学では、伊賀地域の発展のために、
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(エッセイ)飯綱落としを本当にやった者はいるのか(酒井裕太)

2018年10月26日

高所で敵を後ろから羽交い絞めにして、そのまま敵もろとも地面に向かって頭から落ちていき、敵だけを地面に激突させる忍法、その名も飯綱落とし(イヅナオトシ)。この技の名を聞いたことがある方はどの世代でもけっこうおられるのではないかと思います。中には本当に忍者が使った技の一つと思ってる方もおられるかもしれないですが、この技の出どころは白土三平の『カムイ伝』で、主人公がイタチの動きから発想を得て習得したものと言われています。カムイ伝は1964年に連載が始まった漫画ですが、この飯綱落としという技は最近のコンピューターゲームでも登場したりする、「フィクション忍者の必殺技」として創作物の世界では今後も受け継がれていくと考えられます。

なによりこの技の見た目のインパクトが凄く、物理的に「修行をすればできる技なんではないか」と思わされてしまうので、忍者の技の一つであると思ってしまう人がいる可能性もあります。

では、実際の人間対人間でこの技が使われたことがあるのかという、素朴な(くだらない)疑問が沸いたので個人的に調べてみました。もちろん仕事中ではございません。

そもそもこの技が出るとしたらプロレスしかないだろうと思ってプロレス技でいうところの飯縄落としに匹敵する技で探してみました。おそらく技名をプロレス風に言うならば「雪崩式垂直落下ジャーマンスープレックス」もしくは「(同)バックドロップ」でしょう。世界中のプロレスの動画や写真を探してみましたが、これがないのです。惜しいのはあるのですが、やはり「技をかけている側も逆さまの状態で空中にいる」というものがないのです。相手に与えるダメージとしてはパイルドライバーという技が近いですが、飯綱落としと呼ぶには程遠い技です。まあ、当たり前ですが、二人とも地に足がついてない状態で、二人とも空中で頭から地面に落ちていくという技なのですから、いくら過激なプロレス興行であってもこれは危険すぎるのでしょう。

そんな時、10年以上前テレビで見た総合格闘技のとある試合をふと思い出し、改めて動画を見てみたところ、その試合こそが「飯綱落とし」にもっとも近い技でした。

2004年に行われた総合格闘技大会「PRIDE」でのケビン・ランデルマン対エメリヤーエンコ・ヒョードルの一戦、試合開始から2分あたりで、ヒョードルの腰を背後から両手で抱え込んだランデルマンは、相手を抱えたままバク転するかのようにそのままジャンプし、ヒョードルを頭から真っ逆さまにマットに叩きつけます。生放送で見ていた私は、これはとてつもない「事故映像」を見てしまったのではないかと思ったほどです。しかしながら叩きつけられたヒョードルはすぐさま反撃し、そのまま寝技の体勢でアームロックでギブアップを奪うという、すごい試合展開でした。あの試合を見た多くの人が、私同様、ひやりとしたと思います。今だからスローで冷静に見ることができますが、背後から抱え、両者が空中にいて、相手を頭から落とすという点で「飯綱落とし」といえるでしょう。

結論を言いますと、飯綱落としは実戦で起こりうる。また、高い所にいなくても、怪力があれば可能。そして何よりすごいのが、受け身すらとる猛者がいるということです。もちろん、絶対にやってみようなどとは思わないで下さい。

残念なことに飯綱落としを「かけた側」であるケビン・ランデルマン氏は、2016年に心不全で若くしてこの世を去ってしまいました。素晴らしいファイターであると共に「飯綱落としの使い手」である氏の雄姿が人々の記憶にいつまでも残ることを祈ります。(酒井記)