国際忍者研究センター

三重大学では、伊賀地域の発展のために、
忍者の歴史や文化を研究し、その成果を発信しています。

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(学生通信)たとえ知られぬ過去の物だとしても (院生N)

2018年11月16日

人文社会科学研究科修士課程1年のNです。

僕は音楽系サークルに所属しているのですが、歴史上の出来事や各地の風土を織り込んだ曲を演奏することがあります。ある時、歌詞の中に明らかに山東京伝『仮名手本忠臣蔵』のことが織り込まれた曲を演奏することになり、その場にいた工学部の後輩数人にそのことを話すと、そもそも忠臣蔵を知らない(!)という返事が来たので、大変驚きました。理系とはいえ、『仮名手本忠臣蔵』は知らなくても、忠臣蔵や赤穂浪士討ち入りの話は聞いたことがあると思ったのですが……。ちなみに文化学科の後輩に聞いてみると、忠臣蔵を知っており、どこかほっとしました。

その一方、忍者は過去の物ではなく、現在でも広く知られている存在です。なぜ他の歴史上の出来事はあまり知られなくなってしまったのに対し、忍者は今に至るまで広く知られているのでしょうか。この原因を自分なりに考えてみたのですが、一番の理由は、忍者は創作しやすく、作品もたくさんあるからだと思います。

忠臣蔵はそれ自体が一つの物語として完成してしまっているので創作または改変しにくいのに対し、忍者はエピソードやモチーフとなる道具がたくさんあり、創作や改変するにあたって使い勝手が良いのではないでしょうか。

最近は地上波で時代劇をあまりやらなくなったことも、時代モノが浸透しなくなった原因でしょう。

もうすぐ平成がおわり、新たな元号もやってきます。時代が進むにつれて、明治・大正時代の作品、もしかすると昭和のホームドラマが時代劇扱いされる日が来るのではないか。そして、過去の物が本当に忘れ去られてしまうのではないか……そう考える時があります。未来のことを考えるのも重要ですが(忠臣蔵を知らなかった彼らにとって大事なことは数式から導き出される将来かもしれません)、過去を知り、記録に残すということもそれ以上に大切なことだと思うのです。(院生N記)