国際忍者研究センター

三重大学では、伊賀地域の発展のために、
忍者の歴史や文化を研究し、その成果を発信しています。

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(学生通信)「万川集海」に書かれた泥棒の逸話(院生 リトクヨウ)

2021年07月02日

 みんなさん、こんにちは、今回は一つの「万川集海」に書かれた泥棒の逸話に触れたいのですが、宜しく!

 現代語訳は以下になります:

 昔話がある。盗人とその子供がいた。子供は親が盗みの術を何も教えてくれなかった。子供が「親が死んだら盗みで生きてゆけなくなるので、窃盗術を教えてくれ」と頼むと、親は「それなら今夜教えてやろう」と答え、その子を連れて家に忍び込み、長持の中の財宝を全部盗み出し、「この長持に入って待て」と命じて子を入れて蓋を戻し、鍵をかけ、親盗人は「泥棒、泥棒!」と声を張り上げ、財宝を持ち逃げした。声を聞いて駆けつけた主人だが、長持に鍵が懸っていたので何も盗られていないと思い、再び寝床に着いた。長持の中に入れられた子は、親は何故こんな事をしたのか見当もつかず、思案の末に長持の中で鼠が派手にガリガリと咬む音を出し、さらに鼠の鳴き真似までした。主人は、今夜は何とも騒々しい夜よと、使用人に見てくるように命じた。使用人が「長持の中に鼠がおります」と告げると、主人は長持を開けさせた。その瞬間、中の子は一気に飛び出し、使用人を突き倒して逃げた。井戸の所で一息ついていると、そこに大石があった。一計を思いつき、その石を井戸の中にドボンと投げ込んだ。追手が、盗人が井戸の中に居ると慌てふためいている隙に、子は自分の家に逃げ帰った。親はその方法を聞いて、「お前はちゃんと盗みが出来たではないか」と教えた。すなわち子は危険極まりない状態に置かれた故に、盗人の真髄を悟った。
 では、其の神髄はなんでしょう。
 実は、この逸話は、中国にも全く同じな物があります。中国のほうは簡単で、「泥棒になるにはまず逃げるのを学ぼう、逃げられなかったら、どんないいものを盗んでも何もならない」とその末に親盗人は言いました。しかし、「万川集海」では、少々違っています。子は身を捨て、「無我の必死」で行動したから相手を突き倒したり、逃走したり、石を投げ込んだりなど、その間の全てが理にかなって成功し命拾いしたのであると説明しています。
 みんなさんはどうおもっているのでしょうか、そして、忍術の本では泥棒の物語を引用したのがよろしいでしょうか。疑問ですね。(院生リトクヨウ記)