国際忍者研究センター

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(エッセイ)まぼろしの正忍記(吉丸雄哉)

2021年07月19日

 紀州藩の名取三十郎正澄によって記された忍術書『正忍記』(天和元年成(1681))は伝本の少ない本だが、国立国会図書館に所蔵されていることや、森銑三や中島篤巳による訳や翻刻があるため、よく知られている。忍者の解説でかならず紹介される「忍び六具」や「七方出」はこの本に記されている。
 国会図書館本は奥書によれば寛保三年(1743)に青竜軒名取兵左衛門が渡辺六郎左衛門に与えた本である。国立国会図書館本はまだデジタル公開されていないが、その写しと思われる伊賀流忍者博物館藤田文庫蔵本はデジタル公開されており、 https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11F0/WJJS07U/2421605100/2421605100100020/mp000070 からその内容を知ることができる。
 中島篤巳解読・解説の『正忍記』(新人物往来社、1996。4頁)によれば、中島篤巳は、享保元年稲葉丹後守道久による識語がある『正忍記』写本を所持しているそうである。
 さて、防衛大学校総合情報図書館には海軍少将であり戦史研究家であった有馬成甫の蔵書の兵学書が寄贈されている。目録が存在し、古い目録のほうは国立国会図書館から見ることができる( https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000003-I2941896-00 )。これのコマ番号13に「一五一 正忍記 楠流 一冊 稲葉丹後守道久 享保元(一七一六) 忍術書 A-Se19」と『正忍記』がある。稲葉丹後守道久を編著者と記すので、中島篤巳が持っている本と同系統と思われる。
 先日、防衛大学校のI先生のご紹介で有馬文庫の調査の機会を得た。調査の予定は2020年10月からあったが、コロナのため延期延期になりようやく念願かなった。何の調査をしたのかは弊学の大学院生の研究にも関わっているので今は控えさせてもらいたい。調査の主目的とは外れていたが、忍者忍術に関係するので、この『正忍記』の閲覧も申請させてもらった。「忍者研究・情報サイト 忍びの館」の館主も、有馬文庫目録の『正忍記』のことは知っていたようで(2020年11月の国際忍者学会研究会で情報交換できた。みんな国際忍者学会に入って研究会に出よう!)、過去に閲覧申請をしたものの、そのときは原本が見当たらないと報告を受けたそうである。
 結果からいえば、私も『正忍記』を実見することはできなかった。現在つかわれている最新の館内目録(所蔵番号KAから管理されている)には書名が存在せず、丁寧にも図書館員さんは書棚をじっとながめて捜索してくださったようだが、それでも見当たらなかった。『正諫記』という本があって、念のために持ってきていただいたがやはり別本であった(伝本数からすればこれはこれでたいへん貴重)。
 なお、先の旧目録の『正忍記』のとなりにある「一五〇 忍未来記 一冊 近松茂矩自筆写 宝暦五(1755) 忍術書 A-N76」も閲覧申請し、これは閲覧できたのだが、『甲賀者忍術伝書-尾張藩甲賀者関係史料Ⅱ-』に翻刻された無窮会所蔵の『甲賀忍之伝未来記』と書写関係にあると思われる本だとわかった。
 そういうわけで、防衛大学校有馬文庫本『正忍記』はまぼろしの一冊となった。おそらく忍びの館館主や私のようにまぼろしの一冊を求めて空振りする人が今後出てはいけないので、この顛末を記しておく。
 中島篤巳による『正忍記』の翻刻・現代語訳は昨今の忍者人気もあってか、古書価が高騰している。中島には解説を増補した新版を刊行する意志があるようである。私は旧版を所持しているが、新版にはここのところの忍者研究が反映されているはずで、稲葉丹後守道久識語本についても詳しい解説があるかもしれない。発行を鶴首して待つ。(吉丸記)