国際忍者研究センター

三重大学では、伊賀地域の発展のために、
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(エッセイ)石川正知『忍の里の記録』について(吉丸雄哉)

2022年01月28日

大学院の授業では定期的に読書リストを出してもらっているのだが、その中に石川正知『忍の里の記録』(翠楊社、1984)があった。とある有名なマンガ家の書籍に参考文献としてあったためらしい。
 この本は隠れた名著だと思っている。四六判で277頁、目次は下のとおりである。

第一章 忍者の源流
第二章 忍者のふるさと伝承
第三章 甲賀・伊賀武士の歴史
第四章 歴史のなかの忍者
第五章 忍者の生活
第六章 忍者群像
第七章 参考資料

 これだけでは伝わらないかもしれないが、甲賀と伊賀をよくとりあげており、この本が「郷土の研究」シリーズの10巻目にあたるのもよくわかる。
 解説は文献にもとづいており、引用もあれば出典もちゃんと書いてある。今となっては当たり前だが、昭和の忍者解説書では出典がないものが珍しくなかった。
 巻末に伊賀、甲賀の資料をまとめて掲出しているのもありがたい。「甲賀古士由緒書」や伊賀越に関する資料は『甲賀郡志』と重なるが多いが、コピーのままならなかったこの時代ではたいへん助かったはずである。また、伊賀も「伊賀者由緒并御陣御供書付」「伊賀者由緒書」「伊賀無足人取調帳」があって便利である。年表や地図もあっていろいろと行き届いている。
 ある程度甲賀や伊賀に詳しい人でも、読めばなにか発見あるだろうし、きわめて要を得ているのでこれから読む人にもよい。
 私は第2刷を持っており、古本市場でも散見するので、それなりに売れたのかもしれないが、研究史で本書を触れる例をまったく見ない。
 作者の経歴は、本書には記されないが、あとがきを見れば、妻の出身地であり、弟が土山から嫁をもらい、妹が大原上田に嫁いだことを書いているので、甲賀出身ではないが地元に縁のある様子である。「資料探しは専門ではあるが、歴史の専門家ではない」とある。NDL-OPACで著作を調べると「参考書誌研究」9号(国立国会図書館利用者サービス部編、1974.05)に「滋賀県下の特殊コレクション」を寄稿しており(国立国会図書館がインターネット公開している)、末尾の肩書は「滋賀県立図書館」になっている。その他、「図書館雑誌」や「図書館界」に執筆していることからしても、滋賀県の図書館司書だったのだろう。
 1951年度の「図書館職員養成所卒業論文集」に「社会・生活・敎育 図書館実践活動の為の基礎理論形成」を書いているので、執筆時は50代だったか。それにしても、執筆者が有名でなく、版元も小さいためか(38点しか出版していない)、本書が知られていないのはもったいない。
 『赤旗』関西版の1976年2月から4月まで43回の連載に、伊賀を加えて「半年ぐらいで書き上げるつもりであったが、伊賀に何度か行って資料を調べているうちに、次第に泥沼へ足を踏み込んでしまった」「原典に当り直して見ると甲賀の方も、多くの間違いが発見された」と記してある。執筆にはあらためて取り組んでから四年かかっている。
 現在、忍者本を執筆している私にはたいへん共感できる。また、忍者研究は2010年頃から新時代とはよく言われるが、こういった地道な研究の延長にあるのは間違いない。(吉丸記)